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「アットあしがら」と読んでください。 新しく、あしがら地域を視野に入れた「市民政治グループ」です。 政治団体登録をしていますので、政治団体でもあります。 私たちは、市民が政治に参加をすることで この地域の実情に合わせたまちづくりをしていこうと考えています。 行政や政治家がつくる政策を待っているのではなく、 個人が感じている「生きづらさ」や、暮らしの中での課題を 自分から発信し、同じように考える仲間と集い、 いっしょに考えたり、意見を交換したりしながら 「どうしたら解決できるか」を市民から提案し、 政治を使って解決していく。 そんな「市民自治」を進めていく政治団体です。 連絡先は以下のアドレスから送信下さい。
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ラッキードラゴン 「第五福竜丸」映画と絵本

1954年3月1日に赤道直下マーシャル諸島ビキニ環礁で水爆実験が行われた。15メガトンの水素爆弾(コードネーム ブラボー)。彼らは核爆弾に楽しい名前を付けるのがお好きなようだ。リトルボーイ(広島)、ファットマン(長崎)。死の灰を盛大にまき散らし、周辺海域の島民と漁民に放射能を浴びせたあげくに、米軍当局は「自由陣営の防衛のためにはやむを得ない犠牲だった」などといいつのった。この実験の最も有名な被害者が、第五福竜丸の23人の乗組員である。

先日、久しぶりに新藤兼人の「第五福竜丸」を見ました。あるサイトで新藤兼人のインタビューがあってこの映画を作るときにいかに金がなかったか、宿舎としていた旅館の主人に宿代を払えず、翌年の「裸の島」が売れてようやく未払いの宿代を返済できたという事が語られていました。
また、最近衛星放送で彼の特集をやっていて多くの作品が放映されてるんですが、「第五福竜丸」はやってません。単に見逃しただけかも。とにかく、急に見たくなって、オークションでDVDを買いました。

この映画は俳優が演じているけれどもほとんどドキュメンタリーの手法で作られたと監督は語っています。前半は被曝するまでのふつうの漁船としての福竜丸が淡々と描かれています。多分にギャンブル的なマグロ漁の実態と、幸運(ラッキー)を求めてマーシャル諸島に引き寄せられていく。
運命の3月1日。久保山無線長の判断で無電を打つ事もなく(核実験は軍事機密であり、米軍に無線を傍受されたら拿捕あるいは密かに沈められる事もありえた。)こっそりと帰国の途に着きました。
帰港してからの福竜丸は人類初の水爆犠牲者などと、持ち上げられ、好奇の目にさらされるばかりで、乗組員の健康など眼中にありません。ヒロシマ・ナガサキの被害者とまったくおなじ構造です。遠巻きにしながら差別して、さらに傷つける。水揚げされたマグロの話などは現在の福島と同じで風評と実害が渾然一体となって地域の産業(漁業)を破壊して行く。米軍は検査を強要して、自分たちのモルモットなんだから自分たちで管理させろといわんばかり。腹の立つシーンが続きます。
そんな中、久保山無線長の家族に残した言葉が、「花畑を守ってくれ。」病室では痛みをまぎらわそうと眠らずに編み物をしたりします。彼の優しく繊細な人柄がにじみ出たエピソードです。
激痛に苦しみながら9月23日に彼は息を引き取ります。遺骨を抱えて東海道線にのった遺族(妻を演じるのは乙羽信子。)に多くの人がお悔やみを言いに来ます。そして葬式のシーンでは庭に立ち尽くすしなびたテッポウユリが哀れでした。
その後、映画では語られていませんが、彼の死因は放射能障害ではなく、輸血による劇症肝炎だという米国側の発表を、反共プロパガンダとして振りまくような言説が目立つようになります。そんな中、第五福竜丸は、夢の島でひっそりと廃棄されようとしたところを大勢の人たちの尽力で資料館ができて救われる。
付属の映像でその経緯を知ることが出来ます。第五福竜丸がはやぶさ丸という名で東京水産大学の練習船だったという話は今回初めて知りました。私事ですが、私は一時その大学に籍をおいてました。時期はちがいますけど。

luckey.jpg



ベン・シャーンという米国人のイラストレーターがいました。(1898-1969)名前は知らなくとも、どこかでその力強い線描は見た事あるんじゃないかとおもいます。彼が晩年追いかけていたのが第五福竜丸で、ラッキードラゴンシリーズとして多くの作品が残されています。今年の始めに葉山の県立近代美術館で展覧会があって見に行きました。
彼の興味は、若い時から冤罪事件などの国家権力の犠牲になった人にあるようでした。サッコとバンゼッティ事件などがその代表です。自分自身が石版印刷の職人だったこともあって労働者に深い共感を寄せる人でした。第五福竜丸の漁師をえがいたシリーズでも、彼らのたくましい背中やごつごつした手が、迷いのない描線で彫り込むように描かれています。
特に久保山無線長の遺影とも言える肖像には深い感銘を受けました。そして墓石にそえられた白い菊。からのベッドのまぶしいほどの白さ。
このラッキードラゴンシリーズに言葉を添えて絵本に仕立てたものが、「ここが家だ ベンシャーンの第五福竜丸」というタイトルで出版されています。テキストを書いたのは最近反原発の言説が物議をかもしているすぐれた詩人、アーサー・ビナードです。詩人らしい簡潔な言葉で鋭くこの事件の本質に迫っています。

(記事作成 加門史裕)

ここが家だ ベン・シャーンの第五福竜丸

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