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「アットあしがら」と読んでください。 新しく、あしがら地域を視野に入れた「市民政治グループ」です。 政治団体登録をしていますので、政治団体でもあります。 私たちは、市民が政治に参加をすることで この地域の実情に合わせたまちづくりをしていこうと考えています。 行政や政治家がつくる政策を待っているのではなく、 個人が感じている「生きづらさ」や、暮らしの中での課題を 自分から発信し、同じように考える仲間と集い、 いっしょに考えたり、意見を交換したりしながら 「どうしたら解決できるか」を市民から提案し、 政治を使って解決していく。 そんな「市民自治」を進めていく政治団体です。 連絡先は以下のアドレスから送信下さい。
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9月30日 政治サロン「メディアが伝えたこと、伝えられなかったこと〜マスコミの情報をどう読むか」

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 さまざまな政治変動、大規模災害、原子炉事故など、私たちはこれらの情報の取得を「マスメディア」に頼っています。でも、なにか本当のことが伝えられていない、隠されたこと、意図的なこと、報道を抑制していることを強く感じるようになりました。日刊全国紙も、NHKや大手民間テレビ局の報道に接しても、首を傾げることが多くなってきました。報道の偏向が、人びとを戦争に駆り立て、300万人を超える同胞の死をまねいた敗北の記憶は消えることがありません。再度の敗北はなんとしても避けなければなりません。
 今月の政治サロンは「メディアが伝えたこと、伝えられなかったこと〜マスコミの情報をどう読むか」のタイトルで、元関東学院大学法学部教授の丸山重威先生にお話をしていただきます。丸山先生は、長く共同通信社で活躍され、1999年から小田原キャンパスの法学部で非常勤講師、2003年からは教授として「マスコミュニケーション論」を担当され、その間小田原市民講座などもたびたびなさってこられました。昨年定年退職され、現在はフリーでマスメディアの問題を追及されています。

@あしがら 政治サロン
日時:2012年9月30日(日)午後2時30分から5時まで
場所:かふぇ・えりむ(小田原クリスチャンセンター)
講師:丸山重威氏
参加費:@あしがら会員無料 非会員500円


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(記事文責 松本茂)

リーフレットを添付しました。ダウンロードしてお使いください。

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経団連前アピールに遭遇

先日9月25日のことです。仕事の帰り道、バスの中に聞き慣れたシュプレヒコールが飛び込んできました。「再稼働反対」「原発やめろ」
最近仕事が忙しくて、なかなかデモに参加できずにいました。別にそれでストレスがたまっていて、発散するためにではないんですが、飛び入り参加してきました。
声をあげていたのは、このところずっと首相官邸前でアピールを続けていた反原発首都圏連合の呼びかけに応じた人たちでした。私は大手町のバス停で降りて、走って現場に向かいました。まるで祭りの山車に駆け寄る子供みたいですが。
現場にいた人は、そんなに多くはなくて、せいぜい300人くらいでしょうか。しかし、音響装備もしっかりしているし、集まった人たちのテンションも高くて人数以上の迫力あるアピールでした。

(その後の発表で1300人集まったそうです。すごいことです。)

そもそも、経団連という組織のトップに君臨するあの男。顔はともかく言動や経歴(朝鮮半島の植民地支配の中で蓄財した一族の出身)からにじみ出る悪辣な毒素はテレビの液晶画面からもしみ出してきそうなほどです。彼がどれほどの力があるのかはわかりませんが、首相を恫喝する程度のことはできるようです。我々のアピールで彼が辞めたりする訳もありませんが、歴代の会長の中でこんなに路上で罵倒された人はいないでしょう。私たちに出来る事と言えばせいぜい、路上で叫ぶだけなんです。「よねくらくたばれ」

ダークスーツで武装したこの国のエリートたちが働いている街、大手町で私たちのような無産階級の連中の声「経団連解体 電事連解体」というコールが響き渡る。実に都会的で素敵な夜でした。

(記事作成 加門史裕)

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映画レビュー 「一枚のハガキ」

タイトルとなった一枚のハガキの文面は、こうなっている。
----------------------------
きょうはお祭りですが、あなたがいらっしゃらないので何のふぜいもありません。
友子。
----------------------------
主人公の友子(大竹しのぶ)は貧しさから売春婦になるところを、同級生の定造(六平直政)に田んぼ一枚の金で買い取られて嫁に来たのだった。このシンプルな文面には彼女の深い愛情がにじみ出てるといいたいところだが、定造の説明がなければちょっとした近況報告に、ハートマークをつけたしただけとも読める。この手紙を戦友の松山(豊川悦司)に読み聞かせた定造は抽選でまけてフィリピンで戦死。(フィリピンまでたどりつけなかったことが後にわかる)生き延びた松山は戦後数年経って未亡人友子にハガキを届ける。というのがストーリーの骨格である。

評価の難しい映画である。というのも、この5月に100歳で亡くなった新藤兼人の遺作であり、この映画を酷評したら彼の今までの全ての仕事をゴミと見なす事にはなりはしないかと、多くの批評家が考えたのだろう。キネマ旬報がこの作品を2011年のベスト1にあげたのはそのような事情があっての事だと思われる。はっきり言って私はこの作品を彼の最高傑作とする事には強い異論がある。彼はこの映画は作るべきではなかったとさえ思う。
ネット上の映画レビューは、あまりあてにならない事が多い。とりわけこのような映画を評価するには評者が太平洋戦争についてどのようなスタンスをとるかが決定的だからだ。

先日、NHKの報道で、特攻隊の隊員の遺書を遺族から奪い取って行ったという民間人およびその協力者の旧軍関係者の話があった。数百通の遺書が厚生省の倉庫から出て来たという。特攻隊を美化するための吐き気がするような浅ましい捏造工作が戦後も行われていたのだが、NHKのディレクターのまとめは「何故このような事が行われたのか真相は不明です」。なんだそれ。

さて、映画の方だが多くのシーンがかつての新藤作品からの引用でなりたっている。例えば生活のために嫁を縛り付ける姑「鬼婆」、最後に炎上する小屋「原爆の子」、そして何より全体を通しては「裸の島」そのものである。繰り返し出てくる水汲みのシーン。裸の島では乙羽信子、この映画では大竹しのぶが60kgあまりの水桶を運ぶカットが何度も出てくる。ラストちかく、焼け跡でのたうちまわる大竹しのぶは、芋の苗を引き抜き、畑で号泣する乙羽信子をほうふつとさせる。私の知らない映画からの引用が他にもいくつもあるのだろう。どうしてこんなシーンが?という疑問はいくつもあった。おそらく、そういうところが新藤作品に親しんでいない視聴者には唐突すぎる展開あるいはストーリーの破綻とみえるのだろう。数本は見ている私でもそう思うのだから。

友子の周りでは人は次々に死んで行く。はじめに夫の定造、年若い弟三平(村の風習で友子は彼と祝言をあげる)、義父(柄本明)、姑(倍賞美津子)。彼らの理不尽な死にあらがうように、絶望の中で彼女は懸命に生き延びようとする。最後に松山とブラジルへ渡るという希望が見えたとき、彼女は死にたいと絶叫する。

ところが、彼女は松山の求婚を受け入れて再び生き延びる事を決意する、唐突に。このあたりは芋畑の乙羽信子と同じで理屈ではなく人間の生への執着を肯定したい監督の意志を彼女らは体現しているのだ。

戦争の記憶を風化させてはならないと多くの人が言う。あえて私は言いたい。いずれ風化するのはさけられない。残された者は記憶を掘り起こし、同じ過ちを繰り返さぬ覚悟を固めよ。ほかになにができる。生き延びよ。

(記事作成 加門史裕)

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